子供の遊び

   

私は幼年期・少年期は田舎育ち、妻は東京の下町育ち。

まったく生活環境が違う二人が一緒に暮らし始めてもう41年目に入りました。妻は人生の半分以上を北海道札幌市で過ごし、今では北海道なまりになっていることも気にせず、普通に生活しています。

何故こんな話になったかというと妻が今、通院している病院の向い側に公園(ポケットパークと言うらしい)があり時々、付き添いの合間にその公園のベンチで休むことがあり、ふと大昔の子供のころの遊びを思い出して、そのことを妻に話したところ面白がってくれたのです。

もちろんこれまでにもこの40年の間には何度も話題にしたことはあったと思います。しかし、我々二人ともそんなことは気にしない年齢となりました。これからは「あぁまた同じ話をしてるよ」と子供たちや孫たちに言われる様になるのですネ。

ところで今の子供たちは父母の管理のもと、指定された安全な場所で遊び、そして、塾に通い他に習い事をし毎日がとても大変そうに見えます。いつ遊んでいるのでしょう。

僕らの時代は、男女の遊び方は違うのですが、都会っ子の妻は「車が来たら危ないので、車道から塀にへばり付いてた」と言うのです。つまり近くに遊ぶ場所がないので道路で遊んでいたのですネ!

さて、田舎の子供であった私は、山・川・海が遊ぶ場所です。休みは、朝ご飯を終えたら夕暮れ時まで帰らないのが普通で、途中お腹が減ったら近くに生っているナシ、リンゴ、ブドウ、スモモ、生栗、生トウモロコシなんでもありました。

もちろんこれは、遊び(スリル)の範ちゅうですヨ。

道路は車も走っていましたが、まだ馬車や馬ソリが幅を利かせていて、僕らは、歩きたくないので後ろからおじさんにバレないように荷物の陰に隠れて便乗していました。

また、友達の家に遊びに行くと言って隣り村まで、ひと山越えて行ったりしていました。途中で遭難しそうに思えますが、上級生からの教えを守り無事に帰宅していました。

これは一人遊びじゃなく、4~5名のグループがあってそこにはリーダー格(兄貴分)が居て子分たちを管理し、代々引き継がれた遊びのルールを教えてくれ、そして守らせた。だから危ない場所で遊んでいたけれど、ケガをしたり事故にあったりはしなかった。

子供のころは年上には逆らうことが出来なかった。つまり、新しい情報は全て先輩か兄貴たちからしか得られない訳で、如何に早く他の子ども達より情報を入手することで優越感に慕っていた。年上に可愛がってもらうことが重要で、そして敬い、上下関係がしっかりした世界でした。

今の時代のように誰でもいつでも情報が簡単に得られるネット社会とは、まったく違う世界で育った世代です。

いつの世もその時代背景に影響されて変わって行くが、子供の遊びも同様に変わって行く。良いところもありますが、何か寂しい気もしています。ふと妻と二人で少し物思いに耽っていました。

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